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  • 執筆者の写真ジュエリー法務相談室

御木本パリ裁判(1924年)の判決文

更新日:2019年8月2日

一般社団法人日本真珠振興会のウェブサイトの「司法関連書籍」より,判決原文と和訳を見つけることができました。




パリ真珠裁判判決原文 1924年9月

パリ真珠裁判判決 和訳及び注釈

以下は,法律家の視点から整理し直し私見を加えたものです。


1 当事者

⑴ 原告はポール  

代訴人 キュー

キューに伴われた弁護士A.カンが弁論をしたとあり,イギリスのバリスターとソリシターのような役割分担がありそうです。フランスの司法制度の歴史を調べる必要がありそうです。 

ちなみにポールというのは当時の御木本のパリ支店の代表者のようです。


⑵被告 ダイヤモンド・宝石商卸業者組合(代表者ユーグ・シトロエン)と個人としてのシトロエン

 代訴人 ボージェ

ボージェに伴われた弁護士P.マセが弁論をしたとあります。



(3)係属裁判所

セーヌ県第一審民事裁判所第三法廷 グルニエ裁判長


2 原告の主張

被告代表者シトロエンがその行動や書面・新聞・雑誌の記事・大規模出版の掲載により過激で私欲に基づいた批判キャンペーンを展開した。

すなわち,「日本真珠は模造真珠である。高級真珠の名称でこうした商品を販売している商人は,詐欺防止のために法律が定める厳密な名称の規則に違反する危険を冒している」という記事(フィガロ,ル・タン,ル・マタン等)


よって,150000フランの損害賠償を請求した。


新聞や雑誌に対する名誉毀損記事の掲載が問題となっているので,現代日本においては新聞社や出版社を被告とするように思えるのですが,パリ宝飾卸組合が被告になっているのは,判決文「組合代表の署名入りの記事が掲載された。」等とあるので,有償広告のようなものだったと思われます。



3 被告の主張

原告は日本の養殖真珠を,その由来と性質を表示しないまま販売していた。



4 争点

被告の行為によって,原告に対する準不法行為(名誉毀損)が成立するか。


5 判決

○証拠等からすると,商慣習と科学の現状において,はなはだ遺憾ではあるが,高級真珠の販売においては,いかなる生産地の情報も含まれていない。


→(私見)被告らの主張する事実(原告が日本の養殖真珠を生産地や養殖であることをいわずに販売したこと)は認められたが,「いや,あんたらも天然真珠の産地とか説明・表示してないでしょ」ということのようです。また,天然と養殖は科学的な違いはないという現在は当然とされている事実も認定されています。


○よって,被告が「養殖」真珠を「模造」と形容することは,組合が保有している権利の逸脱である。被告はこうした語彙を侮蔑的かつ明らかに偏向した意味で用いたといえ,被告の準不法行為責任を認める。

→準不法行為(ほぼ認識ある過失:認識ある過失に準じるもの。日本法では通常使われない概念だと思います。)に基づく損害賠償が根拠となっています。


○個人としてのシトロエンに無罪,宝石卸売り業者と代表者としてのシトロエンに有罪判決を下す,と訳されているのですが,これは刑事の有罪無罪という意味ではなく,「民事の不法行為責任を認める」という意味ではないかと思われます。

※(2018年11月28日追記:ただ判決冒頭部分に,「検察当局が合議の結果,通常事件と判断し初審を遂行」という記述があり,大陪審のようにそもそも民事通常事件にするかどうかというステップがあるようです。名誉毀損は日本法でも刑事でも民事でも問題となるので,刑事罰プラス民事の損害賠償を一緒に審理することもあり得る制度だったのかもしれません。ここはフランス法制史をさらに調査したいと思います。)


○被告に命じられたのは,次の通り。

・訴訟費用の支払い

・本判決を4紙(フィガロ,ル・タン,ル・マタン,ル・ジュナル)および宝石卸業組合の会報に掲載する費用の支払い

を損害賠償の名目で命じる。



○また,シトロエンはすべて組合代表の立場で行動しており個人としては責任を負わないとしています。


○なお,物的損害については棄却されています。


当時のフランスの民事訴訟制度についてはもう少し調査を進めたいと思います。



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